読書メッセージの部

審査委員長賞

「気もちのこもったプレゼント」 川口私立戸塚東小学校2年 和田珠季

 エミットはお父さんが死んだので、お母さんと二人ともびんぼうな生活ですが、クリスマスにはおどろくようなプレゼントをしたいと考えていました。わたしは、クリスマスにはどんなプレゼントをもらえるかといつも楽しみにしていますが、お母さんにプレゼントをすることは考えたことがありません。お母さんにプレゼントをおねがいするのではなくプレゼントをあげることを考えるなんて、すごいなあ、やさしいなあと思いました。

 でも、もしプレゼントをあげるとしたら、お金がないので、ピアノで“きよしこの夜”か“ジングルベル”をひいてあげます。それでもわたしのお母さんはよろこんでくれると思います。

 それなのに、エミットとお母さんの考えたプレゼントは、とてもかなえられないような夢のプレゼントでした。あい手の一番ほしいもののために、タレントショーに出場して、ゆうしょうしたしょう金で、プレゼントを買うと考えたのです。びっくりです。わたしには、そんなゆう気はありませんし、とんでもない考えだと思いました。その上、お母さんがしごとにつかっているたらいにあなをあけて楽器のベースを作るというのです。“いちど穴をあけたらつかえなくなっちゃう”そのことより、プレゼントのことで頭がいっぱいになっていたのです。読みながら、プレゼントするために、エミットもお母さんも一生けんめいになっています。どうしてもプレゼントしたいんだなあ、むちゃなことだと思っていたプレゼントもだんだんおうえんしたくなりました。おたがいのことを思い合って、がんばっていることが読みながらうれしくなってきたからです。いつの間にか、タレントショーでゆうしょうすることをおうえんしていました。

 しかしタレントショーでは、優勝できず、プレゼントはだめになってしまいました。それなのに、二人ともいい気分になったといっています。わたしは、二人ともあい手のことを一生けんめい考えて、がんばったからかなあと思いました。そして、エミットのバンドショーとお母さんの歌は、おたがいのすばらしいプレゼントになったと思いました。

 わたしは、クリスマスにプレゼントをもらことばかり考えていましたが、あい手に一番よろこんでもらうために、一生けんめいがんばることが、あい手に気もちのつたわる、一番のプレゼントだと教えてもらいました。

埼玉県教育長賞

「五体不満足を読んで」 久喜市立久喜小学校4年 長塩英里

 私はこの本を読んで、疑問に思ったことが一つあります。それは「障害者という言葉が、なぜあるのか」です。五体不満足の作者、乙武洋匡さんも障害を持つ人です。でも、字を書くことだってできます。はしや、スプーン、フォークで食べることだってできます。目の不自由な人も同じです。盲導犬やサポートしてくれる人がいれば、何だってできます。手で、字を読むことだってできます。耳の不自由な人も、体の一部が不自由な人も、たよれる犬やサポートしてくれる人がいれば何だってできます。つまり、何の障害もない、私たちと同じ生活ができる、ということなのです。

 でも、その、私たちと同じ生活ができる人達のことをなぜ「障害者」とよぶのでしょうか。中には、「障害者」扱いされるのがいやで、自分の部屋にとじこもるようになってしまった人もいるそうです。それに私だって、障害を持つ人と同じようなところがあります。そこは、運動が苦手なところです。障害を持っていて、運動が苦手な人がいると思います。そして他にも、障害を持つ人とにているところがあると思います。そうなると逆に、障害を持つ人には、私達のような障害を持たない人とにているところがたくさんあるということになります。だから私は、「障害者」という言葉は、なくてもいいんじゃないかと思います。障害を持つ人は「特別な人」ではなく、私達のような「ふつうの人間」なのですから。

 最後に、障害を持つ全ての人へ伝えたいです。「障害者」あつかいされ、自分の部屋でとじこもっている人。耳や目が不自由な人。体の一部が不自由な人。胸をはって、街を歩いてみてください。どうしてもだめだったら、ヘレンケラーのことを考えてみてください。目、耳が不自由で、さらにしゃべれない。でも、一生をとてもすばらしく生きています。また、「障害は不便である。しかし、不幸ではない。」と言っています。障害を持つ人も、胸をはって、生活してください。

さいたま市教育長賞

「ぼくらはみんな生きている。」 さいたま市立谷田小学校5年 津之浦穂野香

 東京都二十三区内で、アブラコウモリのまったく飛んでいない空はない、という話をみなさんはすぐに信じられるでしょうか。銀座、渋谷、新宿、どこでも観察できるのだそうです。

 私は最初、おどろきました。コウモリといえば、吸血鬼か何かの話の中でしか思い浮かばないし、実際にいたとしても、岩場の穴の奥深い所にひっそりと住んでいるイメージしかなかったからです。だけど、この都会のど真ん中で、たくさんのアブラコウモリが生活しているのです。

 全世界の中の哺乳類で、一番種類の多いグループがネズミで、第二位がコウモリです。そして、日本で見られる種類はネズミではなく、コウモリが第一位なのだそうです。日本は、およそ四十種類もいるコウモリ王国でした。そう言われると、ちょっと不気味です。私は、コウモリをあまり好きではありません。実際に見たことは一度もないのですが、あまりそばにいてほしいと思いません。でも、アブラコウモリの昼間のかくれがは、人家などの小さなすき間の奥です。ということは、もしかしたら私の住んでいるさいたま市にも、そして私の家のすぐ近くにも、アブラコウモリはいるかもしれません。入口がパチンコ玉ぐらいの大きさがあれば大丈夫というのですから、ビル街や小学校の校舎にもいてもおかしくないのです。

 アブラコウモリが都会でもたくさん見られるようになった理由の一つは、都会の温暖化です。「ヒートアイランド現象」の原因に、アスファルトやコンクリートに町全体がおおわれていることがあげられます。昼間照りつけた太陽の熱が、夜になって発散されにくくなったこと。自動車やエアコンの室外機が二十四時間、大量の熱を出し続けているからです。さらに、都会の温暖化で、冬でも活動している昆虫の種類の数も年々増え、アブラコウモリの食べるエサも手に入りやすくなったというわけです。テレビのニュースなどでよく見るピカピカ光った町の明かりの上を、コウモリが飛んでいるのかと思うと、なんだか不思議です。温暖化による環境破かいは、この頃よくニュースでも耳にしますが、それによってコウモリが私達と一緒に暮らすようになったとは、夢にも思いませんでした。

 コウモリがあまり人目につかないのは夜飛ぶからです。それともう一つ、「こんなところにコウモリがいるはすがない」と決めつけてしまっている心のせいです。カラスのようにコウモリがいるのがあたりまえと思うようになるのは、もうすぐのことなのでしょうか。一度、夜空をじっくりと観察してみたいです。

埼玉新聞社賞

「二十四の瞳」 狭山市立柏原中学校2年 早川宏美

 人にはそれぞれ個性があり、それぞれの希望を持っています。子ツルのように陽気で隠し事のできないうわさ好き、早苗のように人前では静かだけれど、手紙を書くのが上手でしっかり者、マスノのようにリーダーの素質がある人。そのような個性は、将来の職業に何らかの形で生かされるべきだと思います。

 しかし、岬の分校の十二人の子供達は、戦争によって人生をねじまげられてしまいました。当時の軍国主義教育は、「成長したら兵隊になってお国のために戦う」ことが当然のこととされ、「お国のために死ぬこと」は一族の名誉でした。大石先生の息子、大吉でさえもそれを疑わずに受け入れていました。そうして、分校の同級生男子五人のうち三人が命を落とし、一人は失明しました。

 大石先生は教え子が出征する日に、名誉の戦死などせずに生きて戻るよう声をひそめて言います。平和な物語を読み聞かせ、戦争が早く終わればよいと口にすることさえ、反政府の「赤」とみなされた中で、それは勇気のある言葉だったと思います。

 戦場で、命がけの戦いをする兵士はもちろんですが、大黒柱を兵隊にとられた家族の苦労は、今の私達の想像をはるかに越えるものだったと思います。父親、夫が戦死するかもしれないという不安、それに追い討ちをかける食糧不足と栄養失調、医者の不在や薬の不足による病死。幼い子供や体の弱い老人から先に死んでいきます。子供は不安、苦しみ、空腹を我慢しながら死ぬしかないのです。本来ならば、これから先たくさんのすばらしい体験があったはずです。それが戦争によって全てつぶされてしまうのです。あらゆる可能性がゼロになってしまうのです。

 戦争から運良く生還した人も、心に深い傷を残すと思います。平和な社会では殺人は罪です。それが戦場では賞賛される行為になるのです。与謝野晶子は詩の中で「末に生まれし君ならば、親の情けは勝りしも、親は刃を握らせて、人を殺せと教えしや」と言っていますが、本当にそのとおりだと思います。

 極限状態の中で見たりしたことは、一生忘れられないものとなるに違いありません。危険や恐怖をともに乗り越えてきた仲間が、銃弾に倒れる姿を目前として、はかりしれないむなしさに呆然とするかもしれません。そしてその場面が一生記憶に残り、苦しめられることもあるでしょう。あるいは気持ちの切り替えができずに、日常生活の中で残酷な行為に走ることが出てくるかもしれません。戦争が何十年にもわたって人々を苦しめ、人生をめちゃめちゃにするのです。

 戦争は誰でも嫌なはずです。黙って受け入れてはならないと思います。私達一人一人が声を上げなければならないのです。黙って政府のやり方に従う、上の指示に従うのではなく、自分で考え、自分で判断しなければならないのです。大石先生の生きた時代には無理だったでしょうが、今の日本ではそれができます。私達はなぜ戦争をすべきではないかを意識して考え、声を上げるべきときには、それを実行できる人間であるべきなのです。それが戦死者への供養であり、亡くなった人々の分まで精一杯生きるということいつながると思います。

狭山市教育長賞

「“どうぞのイス”をよんで」 鶴ヶ島市立長久保小学校1年 千葉芽依

 「どうぞのイス」というのは、うさぎさんがつくったイスです。イスにしっぽがついていて、「どうぞ」とかいたたてふだをつけて、きのそばにおいてあります。わたしは、このイスにこれからだれがすわるんだろうとおもいました。

 はじめにイスのところにきたのは、ろばさんです。ろばさんは、どうぞのイスをみると、どんぐりのはいったかごをおいて、きのしたでくうくうおひるね。わたしは、イスにすわっておひるねすればいいのにとおもいました。

 そこにやってきたのはくまさんです。くまさんは、イスにおいてあるどんぐりをぜんぶたべてしまいました。わたしはほんとうは「イスをどうぞ」といっているのに、どんぐりをたべてしまってだいじょうぶかなあとしんぱいになりました。でも「あとのひとにきのどく」とおもってはちみつをかごにいれてかえったので、くまさん、やさしいなとおもいました。

 つぎに、きつねさんがきました。きつねさんも、どうぞのイスをみて、はちみつをみんななめてしまいました。わたしは、きつねさんがなにをかわりにおくのか、どきどきしました。きつねさんがおいたのは、やきたてのパン一ぽんでした。

 つぎにきたりすさんたちも「どうぞのならばいただこう。」とたちまちパンをたべてしまい、おなじようにくりをおいていきました。めをさましたろばさんは、どんぐりがくりになっていて、ほんとうにびっくりしただろうな。ろばさんがおひるねをしているあいだに、おともだちがいっぱいきたんだよ。みんな、あとのひとのことをかんがえるやさしいどうぶつだよ、とおしえてあげたいです。

 「どうぞのイス」は、うさぎさんがみんなでどうぞとおもってきのそばにおいたイスです。でも、このイスにだれもすわってなかったのがふしぎだなとおもいました。

川越市教育長賞

「命の大切さ」 上尾市立大石北小学校3年 井桁孝宣

 「目の見えない犬ダン」このお話しは、川にすてられていた犬を二人の女の子が拾い、じち会長さんと、女の子のお友だちと育てていくお話しです。このお話しは、紙しばいのコンクールのさいゆうしゅう作品にもなりました。さらにテレビ中けいもしました。

 ぼくが、この本で心にのこったのは、「命」という言葉です。ダンは、目が見えません。だから、とても人と犬がこわくなります。人間も目が見えなかったら同じだと思います。人間のほうが、もっとこわいと思います。ぼくは、ときどきけがをしますが、すぐ治ってしまいます。でも、ダンのけがは治らないのです。命は、元にもどらないのです。ダンの目のように、治らないのです。だから、ダンの命を助けてあげなくてはいけないと思うのです。

 ぼくは、「体のふじゆうな人に何をやってあげられたのだろう」と考えました。人や犬をたすけられていたかと思いました。自分にできることは、やってあげたいと思いました。たとえば、電車やバスのせきをゆずるなどをしてあげられると思います。もうどう犬は、目の見えない人を安全にゆうどうしてくれます。もうどう犬のぼ金をよく見かけます。自分に、この本が教えてくれました。みんなで「みんなの命を守っていかなければいけない」という事です。それは、命はとても大切なものであるからだと思います。死んだお話しは、もう聞きたくありません。

 「やらなければいけない事。やってはいけない事。」などです。たとえば、よわいたちばの人を守ってあげる事が、やらなければならない事です。絶対にやらなくてはいけないことだと思います。「命は一つ」、とても大切なものだと思います。本を読み進めているうちに、目の見えない犬ダンの気持ちが、すごくわかりました。ダンの気持ちだけではなく、体のふじゆうな人たちの気持ちになって考えていく事がわかりました。今、自分が体のふじゆうな人たちに何もやってあげられなかった事がとても悲しくなりました。相手の気持ちだけではなく、犬の気持ちもわかっていませんでした。このように「目の見えない犬ダン」の本が、体のふじゆうな人や犬の気持ちを教えてくれたのです。

 「目の見えない犬ダン」を読んだ後、これからは、いろいろな命にかかわるぼ金などにきょう力して、体のふじううな人たちのやくに立てればと思いました。それは、命がかかわり、命の大切さを知ったからです。また、ぼくの考えた事は、命の大切さをみんなにも知ってほしいのです。これからぼくにもできる小さな事から始めたいと思います。

埼玉県立公立小学校校長会賞

「無くさなければならない戦争」 川口市立戸塚東小学校6年 金杉美智

 ヨーロッパは、第二次世界大戦の真っ最中でした。ユダヤ人をきらうナチスの党首、アドルフ・ヒトラーにひきいられたドイツ軍は罪のないユダヤ人を次々と見つけ出しては、貨車につめこみ強制収容所へ連れて行き、毒ガスなどで殺していったのです。なぜ、アドルフ・ヒトラーはひどくユダヤ人をきらうのでしょうか。なぜきらいだというだけでこんなにもむごい事ができるのでしょうか。

 ドイツ軍によって収容所に連れて行かれ、死んでしまったユダヤ人の中にアンネ・フランクという少女がいました。アンネは、十三才の誕生日に両親からもらった赤いチェックの日記帳をとても大事にしていました。ユダヤ人は映画にも行けない、プールにも入れない、そんな不満をゆいいつ打ち明けられるのがその日記帳だったから大事にしているのかなと思いました。

 その後さらに激しくなる戦争、ドイツ軍によるユダヤ人狩り。アンネ達がかくれ家に行かなければならないほどでした。かくれ家の生活は私にはとうていがまんならないものでした。

 学校にも行けず、友達にも会えない。光を外にもらしてはいけない、物音すらたててはいけないというつらい日々、それでもがまんしなければドイツ軍に見つかり殺されてしまうのです。アンネ・フランクは、この戦争の被害者です。ドイツ軍に見つかり、強制収容所に連れて行かれた末に、うえと病気で亡くなりました。自分と同じ人間を虫けらの様に扱い、食べ物も与えず、病気になっても薬すら与えずに放っておく。こんな事があってよいのでしょうか。この様なひどい事を引き起こす戦争はあってはならないはずです。

  人の自由や希望、夢をわずかな間に奪ってしまう戦争、同じ人間どうしがにくしみ合い起こす戦争、この第二次世界大戦では、ユダヤ人以外の人もふくめて、四千万人以上が命を失いました。一般市民がほとんどでした。

  私達は、今の幸せすぎるくらいの時代でなにか大切な事を忘れていないでしょうか。私は、世界中が自分の国を尊重し、他の国をたがいに認め合い、また自国や自分だけよければいという考えを捨て、仲良くするべきだと思います。この様な考えが、戦争を無くす大切な事ではないのでしょうか。

埼玉県中学校長会賞

「涙から夢をもらって」 狭山市立柏原中学校2年 岩根なつみ

 人は涙を流す。私も友達も、先生も親も涙を流す。

 私は今、学校に居る。あたりまえのように登校して、あたりまえのように授業を受ける。ついつい眠くなってうとうとしてしまう授業中や、みんなで笑い合い食べる給食。面倒くさいと思いながら活動する部活動。ついつい話に花がさく帰り道。どれも私にとってはあたりまえで、ありふれた日常生活。こんな生活がすごくすごく楽しい時もあれば、最悪と感じる時もある。もっと特別な生活をしたい、もっとかわいい制服が着たい、口から飛び出る言葉は、ありふれた日常に募るたくさんの不満。中学2年生の私にゆっくりと襲いかかる受験という大きな壁。そんな時、この本に出会った。はじめのページを開くと、希望と夢がたくさん詰まった瞳をした女の子の写真が目に入った。どんなに勉強しても頭に入らない英単語。しかし、この写真は確実に私の頭に刻みこまれた気がした。

 本を見てまずはじめに、「なぜ1リットルの涙なのだろう」と感じた。実際、涙は1リットルも出ないはずだろう。1デシリットルでもいいのではないか。しかし、この本は「1リットル」だからこそ意味があるのだと思う。「1リットルの涙」はこの本に存在している。それは、この本を読んだ、子供、学生、社会人、老人、そして亜也さんと同じ病気の方々。この本を読んだすべての人、そして亜也さん本人の涙が募り、「1リットルの涙」となっているのだと私は思う。亜也さんが生きた人生は、たくさんの人の流した涙と共に、私達のありふれた人生のすばらしさを訴えてくれているのだろう。

 私には今、夢がある。この本を読むまでは夢など考える事は無かっただろう。しかし、自由な体を持つすばらしさ、この地に足をついて歩けるうれしさは、どんな事よりも幸せな事なのではないか。ありふれた人生イコール何にでも挑戦できる切符を持つ、特権がある。なので、私は夢を持つ。そして、亜也さんの様に夢や希望を持ち、前を向いて歩いて行きたい。

 1リットルの涙を流せる亜也さんを見習って、明日を見つめて生きて行く。

埼玉県教育公務員弘済会賞

「“子うさぎまひろのおはなし”をよんで」 さいたま市仲町小学校1年 大山照央

 ぼくは、はじめは“ましろ”をうそつきでわるいうさぎの子なのかなとおもいました。でも、本とうはたくましくてまっ白なからだのようにこころもきれいだったので、ホッとしました。ぼくはよくおとうさんたちから、「一つうそをつくと、それをかくすためにどんどんうそがふえてしまうんだよ。」といわれています。“ましろ”は、1かい目でうそをとめたからえらいとおもいました。

 クリスマスの日に、きたのくにのどうぶつの子どもたちは、サンタ=クロースのおじいさんから1かいだけおくりものをもらえます。“ましろ”は大きなおかしをたべてしまったから、まっ白なからだにすみをぬって、サンタ=クロースのおじいさんに“ましろ”じゃないとうそをついて、もう1どもらうことにしました。ぼくは1人だけ2かいもらってずるいし、きっとバチがあたると思いました。おじいさんは“ましろ”だとわかっても、だまされたふりをして“ましろ”にのこっていたサンドイッチとたねをあげました。“ましろ”が本とうはどんな子かためしていて、おじいさんがかみさまのかわりなのかなとかんじました。

 “ましろ”はいえへかえろうと、からだのすみをとろうとしてもとれなくて、本とうにべつのうさぎになったとないてしまいました。うそはついたけれど、もしいえにかえれなかったらかわいそうでした。そして、たねだけはかみさまにかえそうと、サンタ=クロースにもらったばしょの土へまきました。ゆきがいっぱいで手足がつめたくてしょうがなかったはずだけれど、かえさなくちゃとむ中でひっしでほっていたから、つめたくかんじなかったかもしれません。“ましろ”がうそをついたけれども、かんがえなおしてつめたいゆきを一生けんめいほったので、かみさまは“ましろ”がもっとよい子になるようにゆるしてくれたんだとおもいます。

 はるになって、まいたたねからめが出て、かがやいたもみの木になりました。いろいろなおくりものがつぎつぎになる、このふしぎな木を“ましろ”はサンタ=クロースのおじいさんに見せて、いままでのことをぜんぶはなしました。うそをついたままでもかまわなかったのに、正じきにはなして、“ましろ”はゆう気があるとおもいました。おじいさんは“ましろ”がしんじていたとおりの子だったから、だまされたふりをしたままでやっぱりよかったとよろこんだでしょう。

 まい年クリスマスに、サンタ=クロースのおじいさんが、この木になったおくりものをせかい中の子どもたちにくばるとき、“ましろ”がまっ先にお手つだいをします。ぼくのもらったプレゼントも“ましろ”のもみの木になったものだったら、もっともっとうれしいです。とおいきたのくにの、すてきなおはなしでした。

埼玉県教育公務員弘済会賞

「ドック・シェルターを読んで」 騎西町立騎西小学校4年 小川三月

 わたしは、この本を読んで「よかった」と思いました。「ドック・シェルター」という、すて犬、のら犬をほごしてあずかっているしせつを知ったからです。いちどすてられた犬は、人間に不信感をもちますが、また人間と仲よくなれるのです。いちどすてられたり、きずついたりしても、また人間と犬も変われるということを知りました。いちどはとぎれてしまった信らいをまたとりもどすことは大変なことだと思います。わたしがこの本で一番心にのこったのは、犬のティリーと少年ジョーダンの話です。ティリーの前の飼主は、「しつけができない。すきにしてくれ。」と言ったので、びっくりしました。「すきにしてくれ」だなんて、生きているティリーのことを言うなんて、かいぬしだったら言わないと思います。少年ジョーダンは、じへいしょうというしょうがいを持っていますが、ジョーダンとティリーの仲はとてもよかったのです。

 ティリーは、以前のかいぬしからひどくされていてかわいそうでした。でも今は、少年院の人たちが世話をしてくれたり、しっかり「ふせ」「おすわり」などの、きちんとしたしつけもしてもらえて、ティリーもうれしかったと思います。ごはんも朝夕二回しっかり作ってくれるのでおなかのすく心配もない。それに、いつもおりの中でじっとしているのではなく、外に出て、朝夕二回外でしっかり散歩します。たて物の外には、犬が自由に外を歩いたり走ったりできるところもあり、そこは、よく工夫されていてすごいと思いました。

 もし自分が犬だったとして、外にも出られなかったら「いやだな」と思いました。あと、最後に一つ書いてあったのが「人は一人では生きていけない」ということです。人は、みんな助け合って生きているということが分かりました。犬と人間も助け合って生きていけることがわかりました。どんな生き物にも命があります。大切にしていきます。

 そして、日本にもそんなしせつができたらいいなと思いました。

埼玉県教育公務員弘済会賞

「夢みるバレリーナ」 さいたま市沼影小学校5年 鈴木麻里子

 

 この本は、たん生日に親せきのおばさんがプレゼントしてくれたものです。私が三才のころからバレエを習っていたので、この本を選んでくれました。

 私がこの本を感想文に選んだ理由は、主人公のアンナ・パブロワという人が、最後まで世界の人々のことを考え、思い続けているすばらしい人だなと思い、この本が大好きになったからです。パブロワが子どものころからあこがれていた、プリマ・バレリーナになったあとも、世界の人々に喜びをあたえ続けていく感動的な話です。

 私がこの本を読んで特にすごいと思ったことが三つあります。一つ目は、何百人という中から七、八人しか受からない帝室バレエ学校の試験に合格できたことです。パブロワは、バレエが大好きでいつも練習していた努力があったからこそ、合格できたのだなと思いました。二つ目は、パブロワが病気になり、手術をしなければ死んでしまうのに、踊れなくなるぐらいなら手術をしないと言ったことです。パブロワは生きることよりも踊ることを選んだのです。死んでもいいから踊りつづけたいという、パブロワの気持ちに感動しました。そして三つ目は、パブロワがプリマ・バレリーナになるために、どんな困なんものりこえていくということです。戦争でお金がなくて苦しい時も世界各地にバレエの楽しさを伝えるという夢をあきらめず踊り続けていました。そこまで努力できるなんて、ふつうの人ならできないなと思いました。

 私がこの本で一番好きな文章が二つあります。一つ目は、「とたんにアンナは、人のことも自分のことも、すっかりわすれてしまったのです。ただ、その役になりきって踊っていました。そのうちだんだん力がわいてきて、観客の心が自分とぴったり結ばれ、ともに苦しみ、ともに喜んでいることが、はっきりとわかったのでした。」という文章です。はじめは不安でいっぱいだったパブロワが、踊ったとたんに、自分のことさえもわすれてしまうほどの集中力なんて、すごいと思いました。二つ目は、「アンナ・パブロワは、永遠のかなたへと、踊りにいったのです。」という文章です。小さいころから自分の大好きなバレエをずっと続けていて、死ぬしゅんかんまで踊ることをやめず、そして永遠に踊り続けられるなんて、幸せだなと思いました。

 私は、今バレエを習っていて、将来バレリーナになりたいと思っていたので、この本はとても興味深くお気に入りの一冊になりました。

 この本を読んで、パブロワの夢をあきらめない強い意志にとても感心しています。パブロワは、子どものころから強い信念を持っていたから、つらい病気にかかってしまってもたえられたのだなと思います。私は、パブロワみたいに強くはないけれど、りっぱなバレリーナになるために、小さな努力から進めていくことがわかりました。自分の夢に向かって、がんばろうという気持ちがあふれてきました。

 みなさんもぜひ、読んでみて下さい。

埼玉県教育公務員弘済会賞

「俺は生きようと思う」 川越市東中学校2年 森脇瑛

 西田英史くんは、十七歳の一月、脳幹部グリオーマの診断を受けました。脳幹部グリオーマとは、悪性の脳腫瘍のことです。一月は受験生にとって大切な季節です。理論家の彼は、科学者をめざして試験勉強にはげんでいました。

 音程が狂う、ものが二重に見える、ときどき頭がクラッとする。診察を受けると「受験勉強の疲れでしょう。異常はありません。」と言われ大事には考えなかった英史くんですが、それから二週間、突然足がもつれるような歩き方になったので、再度診察。その結果、脳幹部グリオーマ。治療を受けなければ四ヶ月くらい、治療をうけても一年か長くて二年の命、と告げられたそうです。僕はおどろきました。十七年間普通に生きていた人が突然これです。僕は十四歳、つまり、ぼくも英史くんと同じ状況になる可能性が少しでもあるということなので、こわいと思いました。英史くんのご両親も、症状を知ったとたん、悲しみのどん底におちいったことでしょう。それは当たり前のことでしょう。どんな親でも、子どもが突然、ガンだとわかって、普通にしていられるはずがありません。それと同時に、信じたくないという気持ちも生まれる、と僕は思いました。しかし、それは逃れられない現実。数日してから、放射線と抗がん剤投与が始まりました。たちまち副作用があらわれ、嘔吐、食欲減退、ぬけ毛。このほか頭痛なども出てきます。

 二月のある夜のこと。「俺、今からテレビ見たいから、父さんも母さんも、もう帰っていいよ。」と英史くんに言われ、英史くんの母親が、何を見るのかと聞くと、「NHK教育の人はなぜ治るのかだよ。」と答えます。そのころ、英史くんには病名は言っていなかったはずです。この番組は、心理療法や自然食療法でガンが奇跡的に治った人たちの話しでした。英史くんは、すでに何かを察していたのでしょう。どんなにつらかったことでしょう。三月、病名を英史くんに告げると。淡々と話を聞いていたようですが 内心はやはり動揺していました。

 自分の生き方は自分で決める。五月、英史くんは、受験勉強をしたいと言ったのです。限られた命の中で、受験勉強?と思いましたが、これが、この時の英史くんのやりたいことだったのでしょう。それからひまさえあれば勉強していましたが、症状は悪化し、そのまま、涙をひとすじこぼして亡くなりました。

 僕は、この本を読んで、優しさ、強さ、それと何より生きることの大切さを学びました。もしも、僕がこの様な状況であったらどうしていたでしょうか。精神的にもまいっていたと思うし、限られた時間を受験勉強に使おうとなんて、絶対に思わなかったでしょう。今と未来、ある時間を有効に使いたいです。

埼玉県教育NPO連絡協議会賞

「“ひ・み・つ”のねがい」 川口市立戸塚東小学校2年 跡部菜乃花

 ゆうきは、しんばあちゃんにお手紙を書きました。「いちばんほしいものは、なんですか」って。しんばあちゃんは、たなばたさまの日が、おたん生日だったのです。

 手紙のへんじには、ひ・み・つだけど、なくなったおじいちゃんと四十年も会ってないから、もういちど会って一緒にダンスがしたいと書いてありました。ゆうきは、こまってしまいました。わたしも、どうしたらねがいがかなえられるのかなあと思いながら読んでみると、ゆうきは、ひみつなのにお友だちにどうしたらいいか、聞いてしまいます。しんばあちゃんが知ったら、どう思うかと心ぱいしたけど、どうしてもねがいをかなえてあげたいんだな、そんなやさしい心をもったゆうきをしんばあちゃんは、きっとゆるしてくれると思いました。

 「まほうつかいになれば。」とるみちゃんが言ったので、わたしはびっくりしました。でも、ゆうきは「まほうつかいなら、ぼくなれるぞ!」と言ったので、もっとびっくりしました。げきで、まほうつかいになった時につかったぼうしをかぶってみると、ねこのことばがわかりました。なんと、そのぼうしは、どうぶつのことばがわかるききみみずきんだったのです。わたしの家でかっている金魚も、おしゃべりができたら楽しいだろうなと思いました。

 のらねこに、「おみやのもりに、いってごらんなさい。」と教えてもたっらので、ゆうきは行くことにしました。一人で行くのは、はじめてだったので、こわそうだったけれど、がんばてえらかったです。みちばたのはっぱや木が、歌を歌ってくれました。まるで、ゆうきをおうえんしているみたいでした。わたしも一人でいてさみしい時や、ちょっぴりこわい時に、歌を歌うことがあります。歌はゆうきをくれるまほうみたいです。

 たなばたの夜になり、とうとうしんばあちゃんのねがいはかないました。わたしは、この前プラネタリウムで、天の川を見ました。キラキラかがやいていて、うっとりしました。しんばあちゃんのねがい通り、きれいな星の中でおじいちゃんと二人でダンスができて、本とうによかったです。きっと、ゆうきもすごくうれしかったと思います。わたしもうれしかったです。おばあちゃんのおたん生日にゆうきのように、お手紙を書いてみたくなりました。

埼玉県教育NPO連絡協議会賞

「本当の幸せ」 川口市立戸塚東小学校4年 畝嶋ちひろ

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 「あっ、ドラマでやっていた1リットルのなみだだ。」そう思って、1リットルのなみだを書いた人のお母さんが書いた「いのちのハードル」を読み始めました。
生まれた時は、ふつうの女の子なのに病気にかかって、二十五さいという若さで死んでしまうなんてかわいそうだと思いました。自由に歩いたり、走ったりすることができないなんて、かわいそうです。

 でも、亜也ちゃんは、せきずい小脳変性症というなん病になっても、せいいっぱい生きていこうとしていることが、とてもすごいなあと思いました。もし、私が亜也ちゃんみたいに、なん病になってしまったら、死んでしまいたいと、思うと思います。でも、この本を読んで、「私は今、自由なからだだから、一日を大切にしよう。」と思いました。この本を読んで、本当の幸せを知りました。亜也ちゃんにくらべたらわたしなんて、幸せです。亜也ちゃんは、病気になってできなくなったことがいっぱいあると思うけど、ずっと書いていた日記をみんなによんでもらって、「わたしは、幸せなんだ。」と思う人がふえたと思います。

 亜也ちゃんも、たぶん、「わたしは、病気になってしまって、走ったり、字が書けなくなってしまったけど、わたしが書いていた日記を多くの人によんでもらって、よかったなあ。」と思ったと思います。さい初は、自由に動けたけど、だんだん、お茶さえものめなくなってしまうなんてかわいそうでした。わたしは、この本を読んで、「わたしは、幸せなんだ。」と思いました。

埼玉県教育NPO連絡協議会賞

「盲導犬クイールの一生を読んで」 久喜市立久喜小学校5年 砂塚愛美

 この本は、クイールが生まれた時から盲導犬として活やくして亡くなるまでを文とたくさんの写真でしょうかいしています。

 クイールは、ラブラドール・レトリーバーの男の子です。ラブラドール・レトリーバーは、真っ黒かうすい茶色で、も様はないはずの犬種です。なのに、クイールは、わきばらにカモメが羽根を広げて飛んでいるように見える黒いも様がありました。クイールとは、「鳥の羽根」という意味で、わたしはとてもすてきな名前だなと思いました。五ひきの兄弟の中からクイールが選ばれ、盲導犬の訓練を受けることになりました。素直なクイールは、たくさんのことを学び、一年半後、五十二才の男性のパートナーとして働き始めました。クイールはすばらしい盲導犬でしたが、二年後、パートナーが病気になり、訓練センターにもどりました。「犬にひかれるくらいなら死んだほうがましだ。」と言っていた男性がクイールのおかげで、街中を安全に自由に歩くことができるようになり、「盲導犬がこんなにすばらしいパートナーだとは思わなかったよ。」と変わったので、わたしは、盲導犬はほんとうに役にたつ大切なものなのだと感じました。

 わたしは、ある日の出来事を思い出しました。それは、お母さんとお姉ちゃんと買い物に行った帰り、大きな交差点で白いつえをついた男の人が車道に出そうになっていました。「あっ」と思った時、お母さんが自転車を乗りすて、その人にかけより「あぶないですよ。どちらにわたるんですか。」と声をかけていました。ちょっとドキドキしました。どうやら男の人はお店へ行くところだったけど、ちがう方へわたろうとしていたのです。近くだったので、お母さんが連れて行ってあげることにしました。お母さんは、男の人に手をそえ、声をかけながらゆっくり歩き始めました。わたしとお姉ちゃんは、自分の自転車とお母さんの自転車を引きずりながら後に続きました。少し行くと、連らくを入れていたようで、お店の店員さんがむかえに来ました。お母さんは、店員さんと交替してから「ああ、どうしようかと思った。」とつぶやき安心した顔になりました。それから「みーちゃん、四年生の総合学習で目の不自由な方のお話しを聞いたんだよね。」「そうだよ。自分のうでをつかんでもらってゆう導するんだよ。」「それをはやくおそわっておけばよかったな。」と言う話しをしました。今回はお母さんだったけど、今度は私が役にたちたいと思いました。クイールの本を読んだ今は、もしその人が盲導犬といっしょだったら、安全に、交差点をわたりお店に行けたかもしれないと思います。

 本によると、日本で実際に働いている盲導犬は八百五十頭(平成十一年度実数)なのに、盲導犬を待っている視聴覚障害者は四千七百人近くいるそうです。血統を持つ候ほ犬でも、盲導犬になるのはむずかしく、また訓練士も、育成にかかる資金も足りない状態です。でもわたしたちが、直接盲導犬の育成にかかわることはむずかしいと思います。だから、わたしたちにできることで協力しようと考えました。たとえば、点字ブロックの上に物を置いたり、自転車をとめたりしないとか、こまっている様子だったら勇気を出して声をかけてみるとか、ゆう導の方法を学ぶとかです。街と人がやさしくなればきっと安心して外出できると思います。

 年をとったクイールは、盲導犬について知ってもらうためのデモンストレーション犬として、小学校や福し関連のイベントで仕事をしました。そして、小さいころいっしょにすごしたパピーウォーカーのところにもどり、十二才と二十五ヶ月で静かに息を引き取りました。とても幸せだったと思います。みんなも、クイールのおかげで幸せになれました。

埼玉県教育NPO連絡協議会賞

「夜回り先生」 狭山市立柏原中学校2年生 松宮浩子

 「夜回り先生みたいな人が、私達のすぐ近くにもいればいいのに。」と読んだ人みんなが、思う本です。夜回り先生は、引きこもり、リストカットなどいろんな事情で悩み、苦しんでいる子供達の支えになり、新たな道を共に歩んでいく話です。夜回り先生は、自ら夜の街に足を運び、子供の相談にのります。普通の大人には、そんなこと到底できないと思います。また、見ず知らずの人に話しかけたりすることは、すごく恐いことだと思います。知らない子供であるんだから、殺されてしまうかもしれないのです。

 夜の街の子供は、夜回り先生以外の先生には心を開くことはありませんでした。私ははじめなぜ子供達は、夜回り先生にだけ、心を開くのかと疑問に思いました。しかし、この本を読み進めていくうちに、その答えが見つかった気がします。

 この夜回り先生は、子供達の気持ちになり、しんみに相談にのってくれます。また、他の先生とは違い、普通の人として見てくれます。誤った道に進んでしまった子供の、なんらかの事情で引きこもりなどをしてしまった子供の、背中を「ぽん」と押してくれるのが、夜回り先生なのです。夜回り先生がしんみになって、相談を聞いてくれる姿、絶対子供の味方になっている姿をみて、子供達は、心を開くんだと私は思います。

 どうして、知らない子供達なのに、手をとり新たな道に歩むことができるのかと、次に私は疑問に思いました。私だったら、夜の街に一人で行き、知らない人に話しかけることすらできないと思います。また、もし話しかけることができたとしても、しんみになって、相談にのることはできないと思います。みなさんも疑問に思いませんか。この疑問も、この本を読んでいくうちにわかっていった気がします。

 夜にいる子供達に、どうして私達は、話しかけることができないのかと考えてみると、私達には、恐いというイメージがあるからだと思います。しかし、その反面、夜回り先生には、そんな恐いというイメージがないんだと思います。夜回り先生は、同じ人間なんだから、恐いことはなにもないという思いがあるんだと思います。

 私は、この「夜回り先生」を読み、過去は変えることはできない。大事なのは、過去じゃなく、今と未来なんだと、あらためて考えさせられたと思います。

 「夜回り先生みたいな人が、私達のすぐ近くにいればいいのに。」

教育ルネッサンス賞

「“ひみつ”をよんで」 鶴ヶ島市立長久保小学校1年 佐々木優真

 さいしょにこの本をよんだとき、わたしはむねがあたたかくなりました。わたしも、おばあちゃんのためにゆめをかなえてあげたくなりました。

 ゆうきくんには、七月七日のたなばたさまの日で、八十さいになるしんばあちゃんがいます。ゆうきくんがてがみで、たんじょう日のプレゼントになにがほしいかをきいたら、「てんごくのおじいちゃんと四十ねんぶりにあって、ダンスがしたい。」とへんじをかいてきました。

 やさしいゆうきくんは、ともだちにもそうだんして、てつだってもらい、しんばあちゃんのためにがんばりました。わたしは、ほんとうにゆうきくんがしんばあちゃんの夢をかなえられるのか、さいしょはしんぱいでした。

 でも、びっくりすることがおこりました。それは、げきのときにしんばあちゃんがつくってくれたぼうしが、どうぶつたちのことばがわかるふしぎな「ききみみずきん」だったのです。そのおかげで、おみやのもりのおくにすんでいるふくろうじいさんから、ゆうきくんのねがいをてんごくにとどけるほうほうをきくことができました。

 そして、七月七日のよるに、しんばあちゃんは、大すきなおじいちゃんと四十ねんぶりにダンスをおどることができました。わたしは、ゆうきくんがしんばあちゃんにすてきなプレゼントができてよかったなとおもいました。

 わたしのおばあちゃんは、わたしのはなしをいつでも、大きなこえでわらいながらきいてくれて、「ゆまのえがおをみると、げんきがでるわ。」といいます。わたしも、おばあちゃんのえがおをみると、あんしんします。

 おばあちゃんのゆめは、いつまでもげんきでいて、わたしのあかちゃんをだっこすることだそうです。わたしは、大すきなおばあちゃんのそばにいて、いつでも、いっぱいわらわせてあげたいとおもいます。

教育ルネッサンス賞

「“ジロー”と“お父さん”は強いな」 上尾市立大石北小学校3年 山田真子

 このお話は、「ジロー」という犬と「お父さん」が「はんしんあわじだいしんさい」などの「ぼ金の旅」を始めるお話です。

 二人は「ぼ金の旅」のと中で、けがをしてしまいます。「ジロー」は、後ろ足をなくしてしまい「お父さん」は、左手と左足がまひしてしまいました。でも、この二人はけがをしても「ゆめ」をあきらめませんでした。もし、わたしがけがをして体がふ自由になってしまったら、きっと「ゆめ」をあきらめてしまったことでしょう。それなのに、二人がこんなにがんばれたのは、なぜでしょうか。それは、きっとこの事が、一番やりたい事だからだと思います。

 わたしはこの本を読んで、心にのこった所が二つあります。一つ目は、「ぼ金の旅」を始めた時に、いろいろな人に「ぼ金とか言って、生活ひをかせぎたいだけだろう。」と言われた所です。二人は「さいがい」などでこまっている人のために「ぼ金の旅」をしているのに、そんないいがかりをつけてひどいと思います。でも、ひどい事を言われても、負けずにつづけた二人を「とても強いなあ。」と感じました。わたしはよくぼ金をしている人をよく見かけますが、あまりしていません。でも、この本を読むと「本当に大切だと思う時は、したほうがいい。」と思うようになりました。

 二つ目は、「ジロー」と「お父さん」も、体がふ自由になったり、体がうまく動かなかったりした事は一度もありません。だから、どのぐらい苦しくて、悲しいかは分かりません。だけど、「ジロー」と「お父さん」は、とてもがんばって生きている事はよくつたわってきました。

 わたしは前に、病気で体がふ自由になってしまった女の子のドラマを見ました。そのドラマを見ると、なみだが止まりませんでした。その女の子は、きがえる時に一時間位かかってしまいますが、あきらめずにさいごまで自分でやりとげました。わたしは、「きっと日本中で、苦しんでいる人や動物はたくさんいるけど、みんながんばって生きているんだ。」と思いました。そこで、わたしにできる事を考えてみる事にしました。それは、体のふ自由な人には、電車やバスの中では、「せきをゆずる」という事と、車いすなどの人がこまっていたら、「手をかしてあげる」という事です。心がけなくてはならない事は、まだまだたくさんあると思います。まず、できる事からはじめていくつもりです。この本を読んで、たくさんゆうきをいただきました。そして、明日から、「がんばろう」という気持ちになりました。

教育ルネッサンス賞

「ハッピーバースデー」 さいたま市谷田小学校5年 藤崎梨沙

 「お前、生まれてこなきゃよかったよな。」あすかは、兄・直人に11歳の誕生日にこう言われて、声をなくす。それによってあすかは生きる希望すらなくなってしまった。でも、あすかのママはあすかの心をわかろうとはしてくれませんでした。私があすかだったら、やっぱり生きていく夢も希望もなくなると思います。直人は、変わってしまって声もでないあすかを見て自分の言葉に後悔しました。直人はあすかを心配して、宇都宮にあるおじいちゃんの家に行かせました。

 あすかは、おじいちゃんとおばあちゃんから愛情をたくさんもらい、声と心を取りもどす事ができた。そして家族の本当の愛や心の大切さも学ぶ。自然からも、たくさんの勇気をもらった。「木や花や草や虫、どんなものにも心がある。」という事も知って大切なものを手に入れたあすか。私は、温かな心は次へ次へと広がり受け入れればその心はとても大きなものへ広がるのだろうと思いました。

 だけど、あすかは引越しをする事になる。でもあすかは、「自分は、自分として生きる。」と強く心にちかった。私は、あすかの心の強さにとても感動しました。
 あすかは、引越し先の学校でもクラスメートの順子へのいじめなどにも立ち向かっていった。そして、重複障害を持つめぐみとも、友達になった。あすかは、「人は変わるために学ぶ。」ということを知る。私は、この言葉から「人と関わる事は自分が変わるための勉強なのかな。」と思いました。

 でも、五月の下旬ごろあすかの大好きな、いつでも支えてくれたおじいちゃんが亡くなってしまう。あすかはおじいちゃんの急な死を受け止められずに心のかぎをかけ、封じこめていた。でも三週間もしないうちに、親友のめぐみとの別れが来た。でも、めぐみは「死は別れではない。新しい旅立ちだ。」という事を教えてくれた。そして姿かたちがなくても心は通じあうことができるという事も教えてくれた。私は、あすかには良い友達がいて、助けあえる事がすごいと思いました。
 そして、最後はあすかは家族みんなと心がつながりました。あすかには、本当に信頼できる人がいて、そしてその人達があすかにたくさんの経験を生み出している。あすかはとても幸せだと思います。

 私は最後にこの本を閉じた後、本の最初の質問の「命って、生きるって、何ですか…」について考えてみました。命は、お父さんやお母さんからもらった、自分のたった一つの勲章だと思います。私は、生まれた時に生きるという指令を渡されるんだと思います。だから、命は生きる権利だと思います。生きる事は、たくさんの事と立ち向かい学び、自分の道を歩んでいく事だと思います。だから、道の途中でたくさんの人々と出会い心を強く磨く事は大切だと思います。私も、あすかのように、強く、そして心から本当に信頼できる人を探したいです。

教育ルネッサンス賞

「チーズはどこへ消えた」 川口市立岸川中学校3年 冨木沙綾

 この「チーズはどこへ消えた」という本の物語は、ネズミのスニッフとスカリー、小人のヘムとホーが登場します。この二匹と二人は迷路の中に住み、チーズを探そうとします。でも、チーズとはただのチーズという意味ではなく、仕事や家族、財産など私達が人生で求める物の象徴であり、また、迷路とは社会、地域社会、家庭などチーズを追い求める場所の象徴です。

 私がこの本を読んでまず最初に思ったのは、人生をチーズや迷路に例えるという発想は面白いな、ということでした。そして、この本で私が一番に学んだことは気持ちの持ち方でした。この本の中に登場するヘムのように、一つの失敗をずっとひきずったままその失敗を反省しようとしないのと、ホーのようにその失敗を反省し、早くにその失敗から立ち直って次の目標にむけて努力するのとでは、その先に待ち受ける生活も違うのではないかと私は思います。それは、その時の気持ちの持ち方でこれからの人生を良くも悪くもするからです。そう考えると、自分の気持ちというのはすごく大切だと思います。それと、読んでいて思った事は、世界には色々な考えの持ち主がいるんだな、という事でした。ヘムやホーのような人、スニッフのようにさまざまなチャンスをかぎわけられる人、スカリーのように、すぐチャンスをつかみに行動にでる人、もちろんその他のタイプの人などいろいろな人が実際にもきっといるんだろうなと思いました。

 それと、私がこの本を読んでいて一番心に残っている言葉は、「古いチーズに早く見切りをつければ、それだけ早く新しいチーズがみつかる。」というホーの言葉です。これは、仕事や家族のことなどで失敗してしまったことがあっても、その失敗に早く気づき、早く見切りをつければ、その早さの分だけ新しい人生が見つかる、ということです。私も実際、一つの失敗からなかなか立ち直れず、ヘムに似たような部分があります。でも、ホーの言葉を読んで、失敗を反省することももちろん大切だけど、失敗してしまったことばかりを考えるのではなく、その失敗をいかして次はどうするかなど先の事をもっとよく考えることも大切なんだ、ということに気がつきました。私もホーのように自分の人生を自分で探していけるような生き方をしたいと思いました。そのためには、スニッフのように周りの状況を知ることや、スカリーのように急いですばやくチャンスに向かうことも大事だと思います。

 この本の終わりには、こう書いてありました。「チーズと一緒に前進しそれを楽しもう。」という言葉でした。仕事や家族と一緒に前進し、楽しもう、ということです。失敗をおそれず、今やっていることを楽しめたらいいなと、この文章を読んで思いました。

 私は、この本から本当にたくさんのことを学ぶことができました。私もホーのようにしっかりとした人間になれるように頑張りたいと思います。

教育ルネッサンス賞

「おじいさんと十ぴきのおばけ」 さいたま市沼影小学校1年 小畠花梨

 この本は、ようちえんのえんちょうせんせいからもらいました。とてもすきで、なんどもよんでいます。えもかわいくて、とてもあたたかいきもちになります。
 おばけときくと、こわいイメージですが、これは、とてもかわいいおばけたちと、おじいさんのおはなしです。

 としをとってげんきのないおじいさんのところに、十ぴきのおばけがやってきました。おじいさんは、おばけたちにホットケーキをやいてあげたり、そうじをして、まっくろなおばけたちと、おふろにはいったりしました。みんなとてもたのしそうです。おじいさんのかおがニコニコになりました。わたしもうれしくなり、ニコニコがおになります。

 ある日、おじいさんが、かぜをひいてしまいました。おばけたちは、空をとんで、びょういんのせんせいをよんできたり、かいものをして、ごはんをつくってあげました。おかげで、おじいさんはげんきになりました。

 もし、おばけたちがいなかったら、おじいさんは、どうなっていたのだろう。わたしは、おじいさんが一人ぼっちでなく、おばけたちがいてよかったなあとおもいました。みんなでいつまでも、たのしく、なかよくくらしてほしいです。

 わたしには、かぞくがいるので、さみしくはありませんが、かわいいおばけたちと、ともだちになりたいので、わたしのところにもきてほしいです。

教育ルネッサンス賞

「おへそのひみつ」 宮代町立東小学校1年 須賀光紀

 かみなりがなると、ぼくはおへそをかくします。おとうさんもおかあさんも、かみなりさまにおへそをとられるよというからです。ほんとうかなとおもうけど、すこしこわいからかくします。おへそってどうしてあるんだろう。ぼくは、おへそは口とおなじように、くうきをすったりはいたりするところだとおもっていました。おへそを見てみると、まるくてへこんでいます。おなかをうごかすと、たてになったりよこになったりして口みたいです。ぼくは、「おへそのひみつ」をよんだらいろいろなことがわかりました。

 ぼくは、おかあさんのおへそを見せてもらいました。おかあさんのおへそは、でっぱっていてあながあいていませんでした。おかあさんのおなかの中には赤ちゃんがいます。おなかが大きくなったのでいまはおへそがでぱっているけど、赤ちゃんがうまれたらへこんだおへそにもどるよっておしえてくれました。

 おかあさんが小さいはこをもってきました。「これは、へそのおだよ。」といって中を見せてくれました。ぼくが、おかあさんのおなかの中にいた赤ちゃんのとき、ながいおへそでつながっていたそうです。ぼくがうまれたとき、ながいおへそをきったあまりがかわいてとれたものが「へそのお」だとしりました。見てみると、まるいかたちのところとながしかくのところがあって、うすちゃいろをしていました。ぼくのおやゆびのつめよりすこし大きくて、かたくてかいのように見えました。おかあさんのおなかの中にいる赤ちゃんは、ながいおへそをつかって「さんそ」や「えいようぶん」をおかあさんからもらっていることもしりました。おぼえていないけど、ぼくがおかあさんのおなかの中にいたってふしぎだね。

 おかあさんのおなかをさわってみたら、中で赤ちゃんがピクピクとうごいていました。おなかの中で、おかあさんをくずぐってあそんでいるのかな。ぼくも小さくなって、おなかの中をたんけんしてみたいな。赤ちゃんがうまれてきたら、おなかの中のひみつをきいてみよう。

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